まだ未来

発行年月日:2019/11/11
詩17編 函付 本体 5,000円+税
ISBN 978-4-9907084-3-6
定価 : 本体5,000円+税

こつこつと階段を登ってくる
剝き出しのかかとの骨
ベル 遠く鳴り
別の患者たちが礼を述べている
白をタフタフと着た医者だろう
腫れた喉から喉へとハシゴして
冥土カフェで休憩する

―――「りんごの葬り方」(部分)

多和田葉子

多和田葉子 (たわだようこ)

1960年、東京生まれ。早稻田大学第一文学部ロシア文学科卒業。82年、ドイツ・ハンブルグに渡る。ハンブルグ大学修士課程修了。創作活動の傍ら、2000年チューリッヒ大学博士課程修了。1993年、「犬婿入り」で芥川賞受賞。2003年、「容疑者の夜行列車」で谷崎潤一郎賞、2009年には国際的な文学活動が評価されて坪内逍遙賞受賞。

ドイツでは1987年に詩集でデビューし、1988年からドイツ語でも創作活動を開始し、ドイツ語で書いた作品群で1996年シャミッソー賞、2005年、ゲーテ・メダル受賞。2006年よりベルリン在住。ヨーロッパ、アメリカ、アジアでこれまで1000回以上の朗読会を開いている。

購入方法

『まだ未来』は限定1,000部の発行です。
一般書店での販売は控えて、通信販売が中心となります。
11月20日より、美篶堂オンラインショップで、ご購入いただけます。

嘉瑞工房

美篶堂

多和田葉子詩集『まだ未来』対談

多和田葉子詩集『まだ未来』を、2019年11月11日に発行することができました。ドイツ在住の作家の、2年ぶりの日本国内での新詩集で、17編全編書き下ろしです。活版で印刷された詩が、綴じられずにそれぞれ独立した作品として、手作りの夫婦箱(めおとばこ)に収められています。
活版印刷を担当した、嘉瑞工房・高岡昌生さんと、箱製作のみならず全工程をサポートしてくれた、美篶堂・上島明子さんのお二人に完成した書籍を初めて披露しながら、ゆめある舎・谷川恵がお話をうかがいました。

なぜ活版なのか? なぜ箱入りなのか?

谷川

多和田さんと私は、高校時代の同級生で、一緒に詩の同人誌を作ったりしていました。文学少女だった自分自身への思いも込めて、多和田さんの詩集を出したいと考えたんですね。
彼女は当時、活版印刷屋さんでアルバイトをしていて、「毎日インクの匂いのする中にいるだけで幸せ」と言っていたそうなんです。
だから、出版するとしたら必ず活版でと思い、高岡先生にご相談しました。そうしたら、活版ではもう全紙[注1]には刷れないから、製本は難しいよ、と。

[注1]たとえばA0サイズ(A判全紙)はA4サイズの16倍の大きさになる。市販されている本の多くは、複数のページを1枚の紙に印刷して、それを折りたたんで作られる。

高岡さん

うちはブックプリンターではないので大きな紙に刷ってそれを束ねて製本して本にすることが元々できません。やれるとしたらカードのようなものしかできませんということを最初に申し上げたのですが、それでも良いということだったのでお受けしました。

谷川

名刺や絵葉書やB4のカードのようなものならば可能だと仰っていたので、詩を綴じないまま箱に収めたらどうかと閃きました。

上島さん

私たちは製本屋ですけれど、今回、本に綴じるというよりは箱から含めて本であるという考え方で、17枚の紙を収めるこの形は、私は本当に素敵だなと思いました。今こうして手にして見て、感慨深く思っております。

谷川

本づくり協会の集まりで、「本の定義とは何か?」「綴じてなくても本といえるのか?」が話題に出たことがありますが、私はこれは本だと思っています。

上島さん

私たちもこれは本だと言いたいです。

デザイナーは誰なのか? ~本文組み~

谷川

製作過程では、結局デザイナーさんに依頼せずに、私のわがままな要望をお二人に具体化してもらうという方法で進めました。お二人はやりにくかったと思うんですけど、いかがでしたか?

高岡さん

多和田葉子詩集『まだ未来』対談 : 高岡さん詩によって長さが違ったりとか行長が違っていたりとか、当たり前ですけどあるんですね。本っていう形態にするんだったら、頭からずっと流しちゃえばいいのですが、短い詩や長い詩があるのと、今回は見開きということなので試行錯誤しました。
短い詩を同じように並べてしまうと途中で終わったみたいになってしまうし、長い詩に合わせると見開いた時のバランスが悪いので、「真ん中組」[注2]というのをやらせてもらいました。
行数が偶数だと綺麗に(行と行の)真ん中で(ページが)折れるのですが、奇数の場合真ん中で文字が折れてしまうのはすごく嫌だったので、バランスを見るのがある意味おもしろかったですね。1編の長さによってバランスを変えたりだとか。任せていただいたので私はやりやすかったです。

[注2]見開きページの中央に詩がレイアウトされるような文字組み。

谷川

それを聞いて、ほっとしました。長い詩もあれば短い詩もあり、縦に長い行もあって。それを1冊の本として不揃いではない範囲で、細やかにバランスを考えるという作業を丁寧に行っていただき、大変手間のかかることをお願いしてしまったんだ!とドキドキしていました。

高岡さん

そうなんです! 行間をそれぞれ変えなければいけなかったんですよね。
私、今回この詩集を読んだんですね、当たり前ですけど。一番大切なのは、やっぱり読むリズムとか内容を考えながら、これもうちょっと広い風にゆっくり読んだ方がいいのかなぁ?とか、ちょっとこう普通に読んだ方がいいかな?とかっていうことを考えながら作ったので、それは作者の意図と一致しているのかどうか正直いってわからないし。
デザイナーから「言ってる通り刷れ」って言われた方が逆に楽だったんですよ。責任は全部デザイナーさんに押し付けちゃえばいいですし。

一同 (笑)

高岡さん

自分が責任を負うということと、自分が楽しみでできるっていうことの良い点と悪い点と両方あったと思うんですけど、今回は良い点の方が多くて。
デザイナーさんと意見が違ったりすると、「これもうすこし行間あけたほうがいいんじゃないかな?」と思いながらも刷るみたいなことも実際あるんですよね。
今回は自分で納得できないから(行間を)広げてみたとか、そういうことができたので楽しみながらやらせていただきました。

デザイナーは誰なのか? ~装丁~

谷川

印刷に関しては、高岡先生がデザイナーだと思っていたので、一番美しいと思うところに収めていただければと思っていました。(上島)明子さんはいかがでしたか?

上島さん

多和田葉子詩集『まだ未来』対談 : 高岡さん私は最終的に、装丁は(谷川)恵さんなんだなという風に認識して納得できました。
高岡先生がデザイナーであるならばその通りに動きます。一番最後のまとめ役がデザイナーさんなので。高岡先生の装丁もちょっと体験してみたいなと思っていたので、それはすごく面白い仕事だなと思っていました。でも、今回最後の最後で「あ! これは恵さんの装丁だ!」と思えたので本当に良かったです。

谷川

私が最終的なところで、頑固に我を通したんですよね。(笑)
高岡先生が、表紙の文字は黒で、開けた時にはじめて赤が出るようにって仰っていたんですが、ギリギリになって私が「やっぱり表紙は赤で!」って決めたんですよね。
また、高岡先生はどちらかというと小さめの活字がお好きと聞いていて……。

高岡さん

小さい文字だと逆に「読もう」とするんですよね。大きい文字は黙っていても目に入ってくるんですが。小さいとよく見るっていうのがあって。全然わからないほど小さい文字はまずいですけど、ある程度読めるギリギリのところで文字を作ってバランスが取れればいいかなと思って。

谷川

本の顔を決めるのは、出版社の仕事でもありますね。
表紙のタイトル文字を、高岡先生の印刷してくださったものでは小さい気がして、一回り大きなサイズでも印刷していただいて迷っていたときに、明子さんが「大きい文字の方が恵さんが作った本らしい」と仰ってくれたので、自信を持って自分の意見をぐっと押し通しました。

詩の校正には四苦八苦

谷川

今回かなり勉強になったのは、校正に関してです。最初は、多和田さんから届いた原稿と、高岡先生の組版をつき合わせて、両者が同じかどうか確認すればいいだけと思っていたんです。そうしたら、多和田さんから、「わたしは漢字は得意でないので、これは変だと思う字があったら言ってください」というメールが来て。
多和田さんの詩は、普通の文章とは(言葉の使い方が)かけ離れているので、漢字の使い方も、詩の表現としてこれはアリだと考えるのか、一般的な正しい使い方に修正するのか、非常に判断が難しい。送り仮名についてもです。
私ひとりの判断では荷が重いと考え、高岡先生に烏有書林の上田宙さんを紹介していただきました。

高岡さん

上田さんとの付き合いは永く、父高岡重蔵の本、私の本の編集、出版などでおつき合いさせていただいています。
私たち印刷業者は原稿通りやるのが基本なので、それが間違っていても、誰もがおかしいと思う点に気がつけば注意しますが、微妙なところは原稿通りにするのが基本姿勢です。細部にわたって編集をキチンとできる上田さんを推薦しました。

谷川

上田さんにお願いできて、本当に助かりました。上田さんは多和田さんの最初の原稿に、細かく赤字を入れてくださいました。訂正が必要な箇所、著者への確認が必要な箇所、一般的な送り仮名、正字あるいは印刷標準字体についてなどなど。
17編の詩を書き下ろして貰って、すっかり浮かれていた私は、印刷に回す前に隅々チェックするという、基本の「き」が分かっていなかったです。

和紙の赤と文字の赤

谷川

多和田葉子詩集『まだ未来』対談 : 高岡さん白い紙に活版の黒い文字。多和田さんの詩の言葉には、余計なものは不要ではあるのですが、1色だけ差し色が欲しいと考えて、本文用紙を赤い和紙で包むことにしました。
着物を包む「たとう紙」のようなイメージで、箱から取り出すときにも便利です。

高岡さん

和紙の色を僕が「渋い赤がいい」と言ったんです。詩人が持つ狂気じゃないですけども、少し色っぽいというか、しなやかな多和田さんの雰囲気とインパクトがある文章には、赤だろうと。タイトルページと表のカバーの文字に関しては、その和紙と同じ赤っていうのは、詩集の顔でもあるので良いんじゃないかなと思います。

谷川

和紙は、理想の赤を求めて、明子さんと探して歩きましたね。

上島さん

和紙は高岡先生が見せてくださった、いかにも手に入らなさそうな和紙に近いものを、探しにいきまして。

谷川

和紙屋さんで、私が理想のものを見つけたんですけど、1枚しかなくて。長年売れ残ってる1枚だって言われて。誰が漉いたかもわからないので。

上島さん

漉いてもらうという手段は時間があればできるのですが、時間もそんなにない中、染めてもらうということになったんですね。恵さんが見つけた和紙を見本に染めていただきました。
恵さんの思いに近い形になったのではと思っています。良かったです。

谷川

和紙を染めるというアイデアは、私にはまったく無かったので、和紙屋のおやじさんが「じゃぁ俺が染めてやろう!」って言ったときには驚きました。まぁ、おやじさんが自分で染めたわけじゃないと思うんですけど。(笑)

試行錯誤の夫婦箱作り

上島さん

白い夫婦箱(めおとばこ)というのが、恵さんの最初からのリクエストでした。
白い紙なので作り手は大変気を使って手袋をしてやっています。作業は大変なんですけど、リクエストに応えるために頑張りました。

谷川

背表紙の「ゆめある舎マーク」の空押しが可愛いですよね。

上島さん

可愛いですよね。
この形になってみるまで私たちも、想像することしかできないですし、実物になってからようやく確認ができるので、思った以上に素敵に出来上がって良かったです。

谷川

8月中旬に組版・印刷作業をスタートしてから、11月11日の発行日まで約3カ月という厳しいスケジュールだったのですが、予定通りに完成したのは、お二人が頑張ってくださったおかげです。ありがとうございます。美篶堂のスタッフの方々にも、本当に頑張っていただきました。

詩を載せるための「箱舟」を作る

谷川

完成すると嬉しくて、ぽーっとしちゃうんですけれど、そこから先、販売が本当に大変で大切です。多和田さんのファンの方々に、どうやって情報を届けようかということを今一番考えています。限定1000部を、全部手渡しでお届けしたいくらいの気持ちです。

上島さん

私自身も今はじめて手に取ったんですが、製作中は緊張しているのでそれどころじゃなくて、今やっと手にして大変幸せな気持ちなので、これを(読者にも)体験していただけたらと思っています。

高岡さん

主役は多和田さんの詩ですよね。出版社だろうが印刷会社だろうが製本会社だろうが、それはあくまでもそれを企画する者だったり、包む物だったりなので、主役は多和田さんの詩であることは間違い無いです。
多和田さんの詩を読者に届けるために、私と明子さんがやったことは「箱舟」を作るということなんです。今度はそれを恵さんがどう届けるか?
あとはこれを手に取る方、届いた方がどのような感想を持つのか。多和田さんの詩の魅力が伝わることが一番ですが、乗せた「箱舟」自体にも、美しかったなとか、読みやすかったなとか言ってもらえるのであれば、我々にとっても幸せなことだなと思います。

谷川

大変すばらしい言葉をありがとうございました。

2019年11月22日 嘉瑞工房にて