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~9合目でさわやかな風に吹かれて~

 

『Mの辞典』7合目の出発は、ぐるり一周を山に囲まれた、伊那の美篶堂工場から始まりました。ゆったりとした自然のなかの工場で、約10人のひとたちが、それぞれの持ち場で黙々と製本作業をしています。慣れた動きは無駄が無く、美しいです。私が工場を訪ねたときには、すでに背には寒冷紗(本の背に補強のために貼る目の粗い布)が貼ってあり、表紙の紙も厚紙に貼って四方をくるんでありました。みなで8合目まで登って、私を待っていてくれたんですね。親方の上島松男さん(美篶堂創業者・現会長)が、自ら製本の作業を説明してくださいました。製本業界の宝ともいえる親方ですが、大変気さくににこにことされていて、製本と工場と、そこで働く人たちへの、愛情を感じました

最初に目に付いた作業は、背表紙です。箔押しのチェックをして、中央に細い厚紙を貼って、コの字型に縦に細く正確に折っていく。丁寧なのに素早くて、見とれてしまいます。下記の写真が折りあがった背表紙です。この背表紙を、次に本文に貼り付けていきます。

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3時になると、おやつの時間です。親方も混じって、縦に並べたテーブルを全員で囲み、とっても和やか。集中力と根気、そしてチームワークが必要な作業ですから、きっとこの時間がとても大切なんだろうな、と思っていると、終了時間が来たようで、みなさんさーっと持ち場に戻りました。

いよいよ本文に表紙を貼ります。4人で向かい合っての作業でした。下記の写真で、左前が表紙にのりを塗る人、向かいが受け取って本文に貼り付ける人。奥のふたりは同様の作業で裏表紙です。そして2冊ずつを交互に重ねてプレスして、のりの湿気が本文に移らないように、扇形に開いて立てて並べる・・・作業は淡々と着々と進みます。そして表紙を貼り終わった『Mの辞典』がどんどん並んでいく様子は、大感激です!みなさんが真剣に作業しているので、私も静かに見守っていると、この本を作ってきたさまざまな過程が思い起こされてきて、熱い気持ちになりました。その後、もう一度充分にプレスして帯を巻けば完成です。

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「Mの山」は、7号目以降は迷いの無い1本道でした。1歩ずつ、同じペースで、しっかり踏みしめて、あわてずに登る。お天気もよく風もさわやかで、頂上が良く見えます。ようやくここまでたどり着きました。このブログを書き始めたときは、『Mの辞典』が完成したら頂上だ!と思っていました。今の気持ちは違います。私はまだ9合目。これから『Mの辞典』を一人ひとりの読者に届けてゆくのです。わくわくしながら表紙を開けて、何度も繰り返し眺めてもらいたい。丁寧に作り上げた、手触りを感じてもらいたい。願いを込めて、楽しみながらゆっくり登ってまいります。

 

【スタッフ紹介】その3 製本 上島明子さん Misuzudo

ゆめある舎の本づくりは、美篶堂の美しい手製本なしでは成立しません。1冊目の『せんはうたう』の制作時、美篶堂の上島明子さんが最初の打ち合わせから同席してくれたことで、出版経験の無かった私が無事に本を発行することができました。今回も、まず望月氏にお願いするところから一緒に来ていただき、用紙の提案、背表紙の布探し、最終的な進行の管理まで、本当に頼りになる明子さんでした。また、上島松男さん(親方)を理事長とする「本づくり協会」の理事として、明子さんも私もさまざまな活動をしています。

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美篶堂のスタッフ&親方と一緒に。うしろには手良山が。

Mの帯

 

~慎重に道を見極め、時には数歩戻って、ようやく7合目あたりじゃないか~

 

『Mの辞典』の全体のデザイン、製本プランが決まり、ここから先はひとつひとつが具体的な作業になります。三島印刷所・遠藤孝さんの最初の作業は、作品のスキャンニングとテキストのレイアウトです。紙版画の質感をどのように再現するのか。表紙は4色カラーにするのか、特色2色印刷にするのか。実際に刷って貰って、実物を見て判断する以外にありません。テキストのレイアウトについては、ゲラを見ると改めて色々と思うところがありました。まず、ルビの振り方の修正を頼みました。他にも「ここはちょっと狭い感じがする」等の部分的な意見を言いましたが、実際に直していただくとまた別の違和感が出てくることもありました。装幀担当の望月克都葉さんが、ページ全体、本全体を見渡して、最終判断をしてくれる安心感から、私は自分の細かい意見を躊躇せずに述べることができました。時間がかかりましたが、納得がいくまで関わることで、本に対する愛着が増しました。

『Mの辞典』の表紙・裏表紙は、「つつ描染」の作品で、この本のために望月通陽さんが新たに染め上げてくださったものです。引き込まれるような深い色合いの作品ですが、軽やかなユーモアーもあります。でも、ひとつ問題があって、本文が「紙版画+文章」の作品集である、ということが表紙からは分からないのです。販売時は本をOPP袋に封入するので、帯で内容を分かって貰えるようにしなければなりません。紙版画の画像、アルファベット、手書き文字、縦書き、横書き、ロゴと、沢山の情報を、克都葉さんが7センチ幅の帯に上手く配置してくれました。細かい調整を何度もして、遠藤さんにお手数かけて、外してしまうのがもったいないような帯になりました。

遠藤さんスケッチトリミング

6月中旬、本文がアラベールオータムリーブという用紙に刷られて手元に届きました。予想以上の美しさです。紙の持つ力を感じました。望月通陽さんもこれを見て「よしよし」とおっしゃったとか。

同時期に、美篶堂・上島明子さんより、束見本が届き、ついに『Mの辞典』が、本の姿で現れました。今回の製本は「ドイツ装」です。感激している余裕も無く、束見本をたたき台に、より美しい本にするために意見が出てきます。もっと背表紙を柔らかなフォルムにできないか、実際に帯を巻いてみたら見せたい部分が少し隠れてしまう、裏表紙の原画縮小率が当初のプランと違うのでは?などなど。その後、新たな束見本を3パターン作って貰い、製本スタイルは決定。それなのに、吟味して選んだ背表紙の布が廃盤になっていて、変更。表紙を、光沢ニスにするかマットニスにするかの決定を克都葉さんに一任。せわしない状況でしたが、7月中旬に、長野の渋谷文泉閣さんに、糸かがり(本の背を糸でとじる)の立会いに伺いました。すでに折り加工と丁合が済んでいて、見返しも本文に貼り付けてあり、糸かがり機でかがる、一番興味深いところを見せていただきました。実際にかがるのは機械ですが、用紙をそろえたり操作したりの人の動きは無駄が無く美しく、それが印象に残りました。善光寺にお参りして、本の完成を祈ってきました。

8月に入り、背表紙の箔押し作業が始まりました。「荒めの布地」に「細かい英文字」を「くっきりと」押す、というのは、難易度の高い注文です。それにどこまでこだわるか。本全体からみた「背表紙と文字」の存在感の確認が必要です。程なく、美篶堂さんから「完成見本」が届き、背表紙の箔押しこのまま進行OKとなりました。克都葉さんからも、「『Mの辞典』は理想どおりの仕上がり」と嬉しいメールが届きました。

4合目以降の「Mの山」は、整備された道ではありませんでした。頂上を見失うことはありませんでしたが、行きつ戻りつがあり、分かれ道もありました。木立に埋もれて、今自分は何合目にいるのかよくわからない状況にもなりました。「印刷」「糸かがり」「箔押し」をクリアしたので、3合分は登れているんじゃないかしら?7合目までは来ているはずです。頂上がぐっと近づいてきたのが分かります。

 

【スタッフ紹介】その2 印刷 遠藤孝さん Mishima Printing office

望月通陽さんのさまざまな印刷物を手がけていらっしゃるのが、三島印刷所の遠藤孝さんです。私のデスク前にかかっている「菜の花カレンダー2016」、望月氏と克都葉さんの私設書局「THE CALYPSO PRESS」の書籍もそうです。『Mの辞典』は、少人数のチームで気持ちを合わせて念入りに作りたいと考えていたので、遠藤さんにお願いすることにしました。装丁・製本・版元の「三人の魔女」に囲まれて、いつもにこやかな遠藤さんは、内心大変な思いをされていたのかも知れません。私は2回三島印刷所に伺い、工場を隅々まで案内していただきました。商売繁盛の「三嶋大社」にも連れて行っていただき、『Mの辞典』の重版出来を祈りました。

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 遠藤さん 克都葉さん 恵 明子さん @三島印刷所

以前、「美篶堂長野伊那工場見学の様子」というブログを書きました。『せんはうたう』初版の、手製本の様子です。このたび『せんはうたう』の5刷を発行することになり、この機会に是非印刷も見学したいと考えて、美篶堂の上島明子さんとふたりで、富山まで出かけてきました。

 

山田写真製版所には、伝説の「プリンティングディレクター」がいらっしゃる、ということは、『せんはうたう』の印刷会社を決めたときに、明子さんから聞いていました。初めての本作りをする私と何度も打ち合わせして、常に支えてくださったのは、東京本部の板倉利樹さんですが、富山には「せんはうたうブルー」を作り出した、「プリンティングディレクター」熊倉桂三さんがいらっしゃる。どんな方なんだろう、とドキドキしていたら、明子さんが「熊倉さんは加山雄三に似てると巷で噂なんです。私もそう思います」と… ますますドキドキしてしまいます。

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本社のロビーで。うしろのポスターが素晴らしい。

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 見学日に合わせて、あらかじめ本文用紙の裏の印刷を済ませてくださっていました。

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特別に調肉(調整)された「せんはうたうブルー」です。

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 巨大な印刷機から試し刷りの用紙が出てきます。

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大胆にはさみでカット。

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見本と比べて、色を合わせます。

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 作業はてきぱきと進み、どうやらOKがでたらしい。

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こちらは別丁扉。目視だけでなく色の数値を図る機械もあります。

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表紙カバーは印刷直後はしっとりと濃い色です。ドライヤーで乾かしてみる!

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 完全に乾いているものと、少し乾かしたもの。

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 完全に乾くのを待っているわけにはいきませんので、乾いたときの色を見越して

OKサインを出します。さすがプロの仕事ですね。

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刷りたての『せんはうたう』用紙を、明子さんと1組ずついただきました。

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初めて「印刷」を間近にみて、大きな機械にも圧倒されましたが、何人ものスタッフが動き回り、私には分からない専門用語で手短に指示を出す、「職人集団」といった雰囲気にも圧倒されました。

数年前に、『世界一美しい本を作る男〜シュタイデルとの旅〜』という映画を観ましたが、熊倉さんはまさに日本のシュタイデルと感じました。見学させていただいて、本当によかったです。

本社の屋上から眺めた立山連峰も、印象的でした。ありがとうございました。

 

 

~少しずつ登り続けて、4合目~

 

年明けから春に向けて、『Mの辞典』の制作は、装幀担当の望月克都葉さんを中心に、着々と進められておりました。克都葉さんの作業も、私同様、はさみと糊の切り貼りが主流です。PC上のデータより、断然わかりやすいのです。克都葉さん、美篶堂の上島明子さん、私の3人は、メールで、東京・神保町で、打ち合わせを重ね、それぞれの心のなかで、『Mの辞典』が大きく膨らんできています。

1月末、望月通陽さんが、表紙・裏表紙の作品を染め上げてくださいました。最初のプランでは、白い用紙に大きく「M」と書かれた表紙だったのです。それがなんと、深い濃い色、印象的な絵の作品になって現れました。本が完成してこの表紙が並ぶことを考えたら、ドキドキしてきました。「2合目到達!」とつぶやきました。

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2月半ば、追加の文章が届きました。紙版画の作品集『Mの辞典』は全部で24点です。雑誌「銀花」に掲載された作品9点には文章がついているのですが、それ以外は版画作品のみでした。追加の文章を書いてくださいとお願いして、そのことで半年間制作が留まってしまった経緯があり、私はあきらめていました。文章のないページをどのように埋めようか、紙の質感で余白を美しく見せるのか、作品タイトルの書き文字を大きくレイアウトしてもらうのか… そんな折に克都葉さんから「突然ですが、原稿をお送り致します。望月氏が、束見本を見ていて、やはり文章が全部に有った方がいいと判断して一生懸命書きました。」というメールが届いたのです。添付ファイルの原稿を読み進めるうちに、視界が開けていくような、山道で霧が晴れていくような気持ちになりました。以前は「書こうとしても無理だった」と言っていた望月氏が、私たちの取り組みと具体的な割付を見て、一気に書き上げてくださったのです。3合目の景色は晴れやかでした。

3月半ば、上島明子さんと私は、静岡の望月邸に向かいました。三島印刷所の遠藤孝さんとの打ち合わせのためです。克都葉さんのレイアウトは殆ど完成していて、帯までデザインが済んでいました。本のサイズも決定し、用紙も候補が絞られ、製本プランも決まりました。驚いたのはすでに「あとがき」が完成していたことです。最初出版に乗り気でなかった気持ちの変化を、かろやかな文章にまとめてくださっていました。「もうこれで“Mの山”の5合目かも」と言ったら、上島明子さんに「まだまだ先は長いですよ」と言われました。そうですね。4合目に訂正です。

ここから先の山道は、三島印刷所・遠藤孝さんを先頭に登ります。最良の道を選べるように、私も気を引き締めて歩を進めます。

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【スタッフ紹介】その1 装幀 望月克都葉さん Madame Mochizuki

望月通陽さんのパートナーの望月克都葉さんは、普段は望月氏のマネージャーさん的な働きで、創作活動を支えていらっしゃいます。望月氏と克都葉さん、おふたりの私設書局「THE CALYPSO PRESS」では、装幀だけでなく、製本家として、繊細で斬新な作品を発表されています。雑誌「銀花」には、その作品も掲載されています。

『Mの辞典』の制作は、そもそもが克都葉さんの発案、そして「愛」が出発点です。ご夫婦の大切な作品の発行元として、ゆめある舎を選んでいただけたこと、光栄です。

 

~麓で停滞、そして頂上を仰ぎながら1合目へ~

 

『くだもののにおいのする日』が完成してホッとしているところに、次の本の企画が風のようにひらりと舞い込んできました。20年以上前に、望月通陽さんが制作した「紙版画+文章」の作品が、雑誌「銀花」に掲載されたのみで書籍としてまとめられていない、それをゆめある舎で、ということでした。望月克都葉さんからのご提案で、大変光栄なものでした。

タイトルは……『Mの辞典』……なんて魅力的なタイトル!

6月には静岡の望月通陽さんのお宅を訪ね、紙版画の実物を拝見。「銀花」には載っていない作品も多くあり、1冊分に充分な分量でした。これはもしかしたら年内に発行可能かもしれない、クリスマス時期に発売出来ればプレゼントにぴったり、とひたすら浮かれておりました。

ところが、そのように都合よく物事が進むわけもありません。作品を生み出した作家にとっては、古い作品を今改めて発行する、ということは軽い考えで受け入れられることではありません。今現在の作品とは異なる若いころの作品と、もう一度向き合い、手を加えるのか、そのまま送り出すのか。常に新しい作品作りに忙しくされている望月通陽さんに、はっきりとした方針をお伝えするだけの、深い考えもなければ度胸もない私は、どうしたらよいのか分からないまま、半年近くを過ごしてしまいました。

11月、美篶堂の上島明子さんをお誘いして、大分の「望月通陽ミュージアム」に行きました。夜は、望月通陽さんの作品とたっぷり出会える宿「柳屋」に泊まりました。2日間、望月通陽さんの作品とその雰囲気を身体中で感じて過ごしました。そして、何が悪かったのかがわかりました。

そもそも私に、作品に対する敬意が足りなかった、ということです。素晴らしい作品が目の前に現れて、わぁよかった素敵、と浮かれているばかりでした。もし新作を作って頂くとしたら、真剣に頭を下げてお願いしているはずです。昔の作品だということに甘えていて、ちゃんとお願いすらしていなかったことに気が付きました。

12月、箱根で展示の搬入をしている、望月通陽さんを訪ねました。「どうか『Mの辞典』を出版させてください」と言うと、ちょっと照れたようなご様子で「お任せします」と答えてくださいました。

嬉しい!とても嬉しい!ようやく『Mの辞典』発行に向けて、第1歩を踏み出すことができます。

作品のコピーと、ワードで打ち直した文章を、一気に切り貼り。雰囲気を伝えるためのたたき台です。ひと晩で作って、装幀担当の望月克都葉さんに郵送。ご覧になった望月克都葉さんから、どのような装幀プランをいただけるのか、期待が高まります。本作りはまるで山登り。1歩ずつをしっかりと踏みしめて登って行くと、いろいろな景色が見えてきます。美しいMの山の頂上を目指して、ようやく1合目まで登ることができました。麓で停滞して、ぐるぐる悩んでいた日々が嘘みたいに、幸せです。次回は、Mの山を一緒に登るスタッフをご紹介いたします。

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