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Mの山を登る Climbing Mt. M その3

2016.08.19

~慎重に道を見極め、時には数歩戻って、ようやく7合目あたりじゃないか~

 

『Mの辞典』の全体のデザイン、製本プランが決まり、ここから先はひとつひとつが具体的な作業になります。三島印刷所・遠藤孝さんの最初の作業は、作品のスキャンニングとテキストのレイアウトです。紙版画の質感をどのように再現するのか。表紙は4色カラーにするのか、特色2色印刷にするのか。実際に刷って貰って、実物を見て判断する以外にありません。テキストのレイアウトについては、ゲラを見ると改めて色々と思うところがありました。まず、ルビの振り方の修正を頼みました。他にも「ここはちょっと狭い感じがする」等の部分的な意見を言いましたが、実際に直していただくとまた別の違和感が出てくることもありました。装幀担当の望月克都葉さんが、ページ全体、本全体を見渡して、最終判断をしてくれる安心感から、私は自分の細かい意見を躊躇せずに述べることができました。時間がかかりましたが、納得がいくまで関わることで、本に対する愛着が増しました。

『Mの辞典』の表紙・裏表紙は、「つつ描染」の作品で、この本のために望月通陽さんが新たに染め上げてくださったものです。引き込まれるような深い色合いの作品ですが、軽やかなユーモアーもあります。でも、ひとつ問題があって、本文が「紙版画+文章」の作品集である、ということが表紙からは分からないのです。販売時は本をOPP袋に封入するので、帯で内容を分かって貰えるようにしなければなりません。紙版画の画像、アルファベット、手書き文字、縦書き、横書き、ロゴと、沢山の情報を、克都葉さんが7センチ幅の帯に上手く配置してくれました。細かい調整を何度もして、遠藤さんにお手数かけて、外してしまうのがもったいないような帯になりました。

遠藤さんスケッチトリミング

6月中旬、本文がアラベールオータムリーブという用紙に刷られて手元に届きました。予想以上の美しさです。紙の持つ力を感じました。望月通陽さんもこれを見て「よしよし」とおっしゃったとか。

同時期に、美篶堂・上島明子さんより、束見本が届き、ついに『Mの辞典』が、本の姿で現れました。今回の製本は「ドイツ装」です。感激している余裕も無く、束見本をたたき台に、より美しい本にするために意見が出てきます。もっと背表紙を柔らかなフォルムにできないか、実際に帯を巻いてみたら見せたい部分が少し隠れてしまう、裏表紙の原画縮小率が当初のプランと違うのでは?などなど。その後、新たな束見本を3パターン作って貰い、製本スタイルは決定。それなのに、吟味して選んだ背表紙の布が廃盤になっていて、変更。表紙を、光沢ニスにするかマットニスにするかの決定を克都葉さんに一任。せわしない状況でしたが、7月中旬に、長野の渋谷文泉閣さんに、糸かがり(本の背を糸でとじる)の立会いに伺いました。すでに折り加工と丁合が済んでいて、見返しも本文に貼り付けてあり、糸かがり機でかがる、一番興味深いところを見せていただきました。実際にかがるのは機械ですが、用紙をそろえたり操作したりの人の動きは無駄が無く美しく、それが印象に残りました。善光寺にお参りして、本の完成を祈ってきました。

8月に入り、背表紙の箔押し作業が始まりました。「荒めの布地」に「細かい英文字」を「くっきりと」押す、というのは、難易度の高い注文です。それにどこまでこだわるか。本全体からみた「背表紙と文字」の存在感の確認が必要です。程なく、美篶堂さんから「完成見本」が届き、背表紙の箔押しこのまま進行OKとなりました。克都葉さんからも、「『Mの辞典』は理想どおりの仕上がり」と嬉しいメールが届きました。

4合目以降の「Mの山」は、整備された道ではありませんでした。頂上を見失うことはありませんでしたが、行きつ戻りつがあり、分かれ道もありました。木立に埋もれて、今自分は何合目にいるのかよくわからない状況にもなりました。「印刷」「糸かがり」「箔押し」をクリアしたので、3合分は登れているんじゃないかしら?7合目までは来ているはずです。頂上がぐっと近づいてきたのが分かります。

 

【スタッフ紹介】その2 印刷 遠藤孝さん Mishima Printing office

望月通陽さんのさまざまな印刷物を手がけていらっしゃるのが、三島印刷所の遠藤孝さんです。私のデスク前にかかっている「菜の花カレンダー2016」、望月氏と克都葉さんの私設書局「THE CALYPSO PRESS」の書籍もそうです。『Mの辞典』は、少人数のチームで気持ちを合わせて念入りに作りたいと考えていたので、遠藤さんにお願いすることにしました。装丁・製本・版元の「三人の魔女」に囲まれて、いつもにこやかな遠藤さんは、内心大変な思いをされていたのかも知れません。私は2回三島印刷所に伺い、工場を隅々まで案内していただきました。商売繁盛の「三嶋大社」にも連れて行っていただき、『Mの辞典』の重版出来を祈りました。

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 遠藤さん 克都葉さん 恵 明子さん @三島印刷所